日中のマニラを歩く
イメージは歓楽街の早朝と同じでやたらと汚く見え、それにフィリピンの場合は誇りっぽさを感じる。
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午後は戦争博物館を見学してコレヒドール観光を終了。
朝乗って来た船に乗り込むと、先輩達は船尾のデッキに集まっていた。
最後の方に乗り込んだ私も先輩達と合流しデッキに腰を掛けた。
しばらくすると船はマニラに向かって動き出しす、私達はいつもの馬鹿にはなを咲かせていたが、先輩や女の娘達は三々五々船室に戻って行き、気が付くと視界中に7~8人程しか残っていなかった。
暑い中コレヒドール島内を歩き回った為、汗で湿ったTシャツに当たる海風が気持ち良い。
シーナとアリサと私でマッタリした時間を過していたが、やがてアリサも船室へ戻っていった。
シーナと私は肩を並べ、取るに足らない会話を続けていた。
だらだらと・・・・、取り留めの無い話だったと思う。
二人とも沈黙が恐いわけでは無かった。
(当の昔に緊張する関係では無くなっていた。)
二人並んで話をしている私達、恋人同士に見えたでしょうか。
恐らく・・・・すけべーな日本人と夜の商売の女・・・・にしか見えなかったんでしょうね。。
30分以上、二人きりだった。
私:な~、好きな人は出来た?
シーナ:居ない。
私:もう24でしょ。ぼちぼち恋人作った方が良いよ。
シーナ:まだ日本に行くから。。
私:規制が厳しすぎて、日本にはもう来れないでしょ。
こんな会話をしているときに私たちの前を真っ白い制服姿の船員が通った。
一見するに実直そうな青年で優しい目をしていた。
私:彼なんか真面目そうで良くない?
シーナ:ダメ! シーマン ロロコだから。。
彼女の『シーマン ロロコ』がその青年に聞こえたらしく、苦笑してこちらを見た。
シーナ:どうしよう・・・・ ´へ`; 聞こえちゃったみたい。
私:何なの 『シーマン ロロコ』って?
シーナ:シーマンはsea man でしょ・・・船乗り。ロロコは浮気者。だから『船乗りは浮気者』って言われているの。
私:そんなことを言うけれど、この船は観光船で他の港に依ることは無いでしょ。だから浮気をする間もないじゃん。普通のサラリーマンと同じ生活でしょ。
シーナ:フィリピンでは船乗りは浮気者なんです。
私:・・・・・・・。
シーナ:でも聞こえちゃったから嫌だな~。。
私:これがきっかけで仲良くなったりして~。。
シーナ:降りるときに又顔を合わせるから嫌だな~。
私:浮気者だから良いじゃん。
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対岸はパンパンガ
昼食時の3人組バンドは各テーブルを回りチップを稼いでいる。
英語圏の客のテーブルでは英語の歌、中国や韓国の旅行客のテーブルではそれぞれの国の歌、当然日本人のテーブルでは日本の歌を歌っていた。
実際には、中国や韓国の歌はまだマスターしていない為1~2曲しか歌っていなかった。最近急増している中国、韓国の観光客に彼らが付いて行けてないから・・・。
日本人は沢山チップをくれるからなのか、美空ひばりの歌(←曲名を忘れた)や”恋人よ”とか”いとしのエリー”などいろいろ歌っていました。
当然私たちのテーブルにも来た。
誰だったか忘れたが私に向かって
先輩?:M君チップをまとめて払ってくれる?
私:まとめてって言っても一つのテーブルでしょ。100ペソで良いでしょ。
先輩?:人数が多いから沢山で良いよ。
しようが無いからチップで500ペソを渡した。
バンドのお兄さん達、大変嬉しそうでした。←当然でしょ。。
私の心の声:チップ多すぎ。ブツ、ブツ、ブツ。。
だから、2曲目に突入。
日本円に換算したら1,000円チョットなのにこれだけ喜んでもらえてよかったのかな?
って、こうしてだんだんチップの額が上がって行くのでしょう。。
コレヒドール島内を観光バスで回る。
車上ではおばさんガイドの案内、車を降りての見学は流暢な日本語を操る60歳くらいのフィリピーの案内。
マッカサーの銅像を見て、廃屋と化した米軍の兵舎を見て、弾薬庫を見て、塹壕を見て・・・・
日本語が流暢なガイド:次はバッテリーへ行きます。
私の心の声:何故バッテリーを見るの?何故バッテリーが必要なの?”バッテリー”って何?
”バッテリー”=”砲台”でした。
私の心の声:そうだよな~、車のバッテリーを見てもな~。。
この砲台を前にしておじさんガイドがこんな説明をした。
ガイド:このバッテリーはだいぶ部品が無くなっているけれど、これは悪いフィリピン人が盗んで売ってしまった。大砲の部品は鉄の塊だから高く売れるからね。
私の心の声:皮肉?
しかし、ガイドの話の中で何回も”悪いフィリピン人”と云うフレーズが出て来るが、彼の表情に変化は無い。
私の心の声:皮肉じゃなくて、本心なのかな?
私は第二次世界大戦の真っ只中だった場所に、笑いながらフィリピーナを連れてカメラしか持たずにこの地に居る。
暑さでTシャツが濡れるほどの汗はかいてはいるが、不快では無い。
むしろ心地良い。
晴天で無風、風の音は無い。
セミは鳴いていない。
当然、大砲の音などは聞こえない。
ガイドが淡々と話す第二次世界大戦の話のみが聞こえてくる。
のんびりとした時間が、ゆっくり過ぎていく。
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ハーンのバッテリー
(ハーンの大砲)
海の水は透明度が高く、淡いマリンブルーが美しい。
コレヒドールに到着し船を降りオープンエアーの島内観光バス(案内にこんな書き方がしてあったが、要は屋根の幌しか無いバス)に乗換えとなる。
観光バスは案内言語によって分けられ、English 4台、Chinese 2台、Korean 1台、Japanese 1台に分けられていた。
(台数は大体こんな感じだった←いい加減)
私たちグループは当然Japaneseの車に乗りたかったのだが、この日は日本人観光客が多くて遅く下船した私たち13人に乗るスペースは無かった。
日本語ガイドのおじさんが私たちをEnglish 専用のバスへ乗るように指示。
このバスのおばさんガイドに困った顔をされたが・・・・乗車するしかないから・・・・私はアリサと二人で最前列、シーナは先輩Kや先輩Sたちと私のすぐ後の二列目。
バスは発車して、バスガイドの案内が始まった。
当然バスガイドの第一声は、私たちを見て英語は話せるのかとのこと。
私:(そっけなく)a little
先輩Kは面白可笑しく、日本語や片言のタガログ語も混ぜて、結局 "a little"
このバスガイド、小柄なアングロサクソン系のアメリカ人で年齢は40歳と言っていた。
彼女も最初は緊張していたが、先輩Kの対応が面白いので私たちのグループは大事に扱ってくれた。
意外と案内は解り、全く意味不明な箇所は横のアリサに聞いたので十分理解できた。
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オープンエアーの観光バス
船が出発して15分ほど経ったところで、乗客は三々五々デッキへ出て行く。
私は皆よりは少し遅れたがが、デッキへ移動。
船はマニラ湾を沖に向かって進んでいる。
マニラ湾の水は汚くゴミもかなり浮いている、港を離れかなり経つのだが一向に水は澄んでこない。
私たちが子供の頃には、公害による四日市喘息、富士の田子の浦のヘドロ、首都圏での大気汚染等が問題になったが、フィリピンでは今この時代を進んでいるのだろう。
アリサの顔色は悪かったがデッキで、先輩Kやシーナと話をしていた。
私がカメラを向けるとこちらにピースをして見せた。
私の心の声:これなら、大丈夫かな?
この時点で、私達の行き先がコレヒドール島であることを聞いた。
(聞いても、どんな所かは全く分からなかったが・・・・)
後で地図を見たのだが、マニラ湾を出たところにオタマジャクシの形をした島が有り、第二次世界大戦時の日米の激戦地だそうである。
コレヒドールには小一時間で到着した。
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船に有った、消火器と身体障害者対応のマーク。
しかし、何が身体障害者対応なのか分からなかった。
アリサ:船が恐い~ ´へ`;
私:大丈夫だよ。
アリサ:皆が帰ってくるまでここで待っているから~。
私:どの位船に乗るのかな、遊覧船だったら長くて1時間~1時間半位かな・・・、でも一人で大丈夫なの?
アリサ:船には乗りたくない。
私:みんな一緒だから大丈夫だよ。
アリサ:ここで待っているから良いでしょ。
シーナもアリサに二言三言、声を掛けるがアリサの硬い表情は変わらない。
他のメンバーは既に乗船場の建物に入っているがアリサは恐がって入りたがらない。
女の一人歩きが危ないマニラで、1時間半も一人で放って置くわけにはいかないので、何とかだましだまし建物の中に入れる。
首を振り続けるアリサを、私がなだめ続けていた。
(こうゆう時にはシーナってマイペースだから、アリサを説得しようとは考えない。基本的に女王さまかな?)
そうこうしているうち、この日の幹事であるK(フィリピーナ)が乗船切符とパンフレットを3人分、私の所に持ってきた。
リーダー格の先輩Kが、アリサの船を嫌がっている姿を見かねて
先輩K:大丈夫だよ!!
アリサ:沈んだら、死んじゃう。
先輩K:くだらない事、言って無いで船に乗るんだよ!!
駄々をこねていた子供が、親に一喝されて静かになる様に、アリサの声もだいぶ小さくなった。
私の手の中の3枚の切符を見ると、2つが続き番号で残りの一つはだいぶ飛んだ番号だった。
シーナとアリサに隣合う番号の切符を与え、私が飛んだ番号を貰った。
乗船の時間となり、かなり嫌がっていたアリサであったが静かに船に乗り込んだ。
私にが席に着こうとすると、後ろの方から
アリサ:ケンジがシーナの横でしょ。
私:気にするな、あなたは船が恐いんでしょ。シーナと話をしていれば少しは恐くなくなるでしょ。
アリサ:ohu-----.
(こんな態度を取るから、シーナが私の本心を確信出来ないんだよね~。)
まぁ、こんな事で船は出発しました。
私、この時点でも貰ったパンフレットを見ていなかったので、まだこの船をマニラ湾のクルーズだろうと思っていた。
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船で私の席から前を見る。
(つまらない写真で申し訳有りません。)
タクシーは脇道を通り信号機の無い交差点へ差し掛かる。
交差点はT字路でこちらが合流する側、日本では合流するには流れの途切れた部分を待たなければならないが、合流先の道は一方通行で2車線で車が走っている。(走っていると言うより”動いている”との表現がピッタリかな)
交差点では全ての車がクラクションを小刻みに、且つ連続して鳴らしている。
私たちが乗るタクシーも合流先を動く車を見ながら、クラクションを鳴らしながら無理やり車を割り込ませる。
車の鼻先が入ってしまえばこちらの勝ち。
日本では喧嘩になりそうな場面で有るが、喧嘩になるようでもない。
これを何回か繰り返してロハス通りに出たが、今日は何かのイベントで(マラソン大会と言っていたが・・・)ロハス通りの片側車線を通行止めに成っているから、大渋滞。
100mを進むのに10分以上掛かっている。
タクシーの運ちゃん、無線を使って誰かと話をしている。
分乗したタクシーの運転手同士で話をしているのか、指令所と話をしているのか分からなかったが、話が終わった直後、車を路肩側にUターンさせて走り出した。
私の心の声:えっ、これって逆走じゃ無いの?
先輩達が分乗していた他のタクシー達も一斉にUターンを掛けた。
数台のタクシーが並んでロハス通りの路肩側を逆に走る。
100m程走ると今度は、分離帯方向に左折をして分離帯の反対側に出た。
私の心の声:えっ!今日は進入禁止じゃ無いの~?
全く車が居ない車線を数台のタクシーは目的地に向かって40km程度のスピードで走る。
私達はVIPでは無く、ただの日本人観光旅行者。
確かに私たちからすれば有りがたいのだが・・・・、フィリピンって無法地帯?
そんな事で、あっと言う間に無事に目的地に着いた。
そりぁ~、早く着くわな~。
警察には追いかけられると思った。
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三日目の朝食
↑太っているわりに食事量は少ない。
↑何故?
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