日中のマニラを歩く
イメージは歓楽街の早朝と同じでやたらと汚く見え、それにフィリピンの場合は誇りっぽさを感じる。
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午後は戦争博物館を見学してコレヒドール観光を終了。
朝乗って来た船に乗り込むと、先輩達は船尾のデッキに集まっていた。
最後の方に乗り込んだ私も先輩達と合流しデッキに腰を掛けた。
しばらくすると船はマニラに向かって動き出しす、私達はいつもの馬鹿にはなを咲かせていたが、先輩や女の娘達は三々五々船室に戻って行き、気が付くと視界中に7~8人程しか残っていなかった。
暑い中コレヒドール島内を歩き回った為、汗で湿ったTシャツに当たる海風が気持ち良い。
シーナとアリサと私でマッタリした時間を過していたが、やがてアリサも船室へ戻っていった。
シーナと私は肩を並べ、取るに足らない会話を続けていた。
だらだらと・・・・、取り留めの無い話だったと思う。
二人とも沈黙が恐いわけでは無かった。
(当の昔に緊張する関係では無くなっていた。)
二人並んで話をしている私達、恋人同士に見えたでしょうか。
恐らく・・・・すけべーな日本人と夜の商売の女・・・・にしか見えなかったんでしょうね。。
30分以上、二人きりだった。
私:な~、好きな人は出来た?
シーナ:居ない。
私:もう24でしょ。ぼちぼち恋人作った方が良いよ。
シーナ:まだ日本に行くから。。
私:規制が厳しすぎて、日本にはもう来れないでしょ。
こんな会話をしているときに私たちの前を真っ白い制服姿の船員が通った。
一見するに実直そうな青年で優しい目をしていた。
私:彼なんか真面目そうで良くない?
シーナ:ダメ! シーマン ロロコだから。。
彼女の『シーマン ロロコ』がその青年に聞こえたらしく、苦笑してこちらを見た。
シーナ:どうしよう・・・・ ´へ`; 聞こえちゃったみたい。
私:何なの 『シーマン ロロコ』って?
シーナ:シーマンはsea man でしょ・・・船乗り。ロロコは浮気者。だから『船乗りは浮気者』って言われているの。
私:そんなことを言うけれど、この船は観光船で他の港に依ることは無いでしょ。だから浮気をする間もないじゃん。普通のサラリーマンと同じ生活でしょ。
シーナ:フィリピンでは船乗りは浮気者なんです。
私:・・・・・・・。
シーナ:でも聞こえちゃったから嫌だな~。。
私:これがきっかけで仲良くなったりして~。。
シーナ:降りるときに又顔を合わせるから嫌だな~。
私:浮気者だから良いじゃん。
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対岸はパンパンガ
昼食時の3人組バンドは各テーブルを回りチップを稼いでいる。
英語圏の客のテーブルでは英語の歌、中国や韓国の旅行客のテーブルではそれぞれの国の歌、当然日本人のテーブルでは日本の歌を歌っていた。
実際には、中国や韓国の歌はまだマスターしていない為1~2曲しか歌っていなかった。最近急増している中国、韓国の観光客に彼らが付いて行けてないから・・・。
日本人は沢山チップをくれるからなのか、美空ひばりの歌(←曲名を忘れた)や”恋人よ”とか”いとしのエリー”などいろいろ歌っていました。
当然私たちのテーブルにも来た。
誰だったか忘れたが私に向かって
先輩?:M君チップをまとめて払ってくれる?
私:まとめてって言っても一つのテーブルでしょ。100ペソで良いでしょ。
先輩?:人数が多いから沢山で良いよ。
しようが無いからチップで500ペソを渡した。
バンドのお兄さん達、大変嬉しそうでした。←当然でしょ。。
私の心の声:チップ多すぎ。ブツ、ブツ、ブツ。。
だから、2曲目に突入。
日本円に換算したら1,000円チョットなのにこれだけ喜んでもらえてよかったのかな?
って、こうしてだんだんチップの額が上がって行くのでしょう。。
コレヒドール島内を観光バスで回る。
車上ではおばさんガイドの案内、車を降りての見学は流暢な日本語を操る60歳くらいのフィリピーの案内。
マッカサーの銅像を見て、廃屋と化した米軍の兵舎を見て、弾薬庫を見て、塹壕を見て・・・・
日本語が流暢なガイド:次はバッテリーへ行きます。
私の心の声:何故バッテリーを見るの?何故バッテリーが必要なの?”バッテリー”って何?
”バッテリー”=”砲台”でした。
私の心の声:そうだよな~、車のバッテリーを見てもな~。。
この砲台を前にしておじさんガイドがこんな説明をした。
ガイド:このバッテリーはだいぶ部品が無くなっているけれど、これは悪いフィリピン人が盗んで売ってしまった。大砲の部品は鉄の塊だから高く売れるからね。
私の心の声:皮肉?
しかし、ガイドの話の中で何回も”悪いフィリピン人”と云うフレーズが出て来るが、彼の表情に変化は無い。
私の心の声:皮肉じゃなくて、本心なのかな?
私は第二次世界大戦の真っ只中だった場所に、笑いながらフィリピーナを連れてカメラしか持たずにこの地に居る。
暑さでTシャツが濡れるほどの汗はかいてはいるが、不快では無い。
むしろ心地良い。
晴天で無風、風の音は無い。
セミは鳴いていない。
当然、大砲の音などは聞こえない。
ガイドが淡々と話す第二次世界大戦の話のみが聞こえてくる。
のんびりとした時間が、ゆっくり過ぎていく。
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ハーンのバッテリー
(ハーンの大砲)
海の水は透明度が高く、淡いマリンブルーが美しい。
コレヒドールに到着し船を降りオープンエアーの島内観光バス(案内にこんな書き方がしてあったが、要は屋根の幌しか無いバス)に乗換えとなる。
観光バスは案内言語によって分けられ、English 4台、Chinese 2台、Korean 1台、Japanese 1台に分けられていた。
(台数は大体こんな感じだった←いい加減)
私たちグループは当然Japaneseの車に乗りたかったのだが、この日は日本人観光客が多くて遅く下船した私たち13人に乗るスペースは無かった。
日本語ガイドのおじさんが私たちをEnglish 専用のバスへ乗るように指示。
このバスのおばさんガイドに困った顔をされたが・・・・乗車するしかないから・・・・私はアリサと二人で最前列、シーナは先輩Kや先輩Sたちと私のすぐ後の二列目。
バスは発車して、バスガイドの案内が始まった。
当然バスガイドの第一声は、私たちを見て英語は話せるのかとのこと。
私:(そっけなく)a little
先輩Kは面白可笑しく、日本語や片言のタガログ語も混ぜて、結局 "a little"
このバスガイド、小柄なアングロサクソン系のアメリカ人で年齢は40歳と言っていた。
彼女も最初は緊張していたが、先輩Kの対応が面白いので私たちのグループは大事に扱ってくれた。
意外と案内は解り、全く意味不明な箇所は横のアリサに聞いたので十分理解できた。
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オープンエアーの観光バス
船が出発して15分ほど経ったところで、乗客は三々五々デッキへ出て行く。
私は皆よりは少し遅れたがが、デッキへ移動。
船はマニラ湾を沖に向かって進んでいる。
マニラ湾の水は汚くゴミもかなり浮いている、港を離れかなり経つのだが一向に水は澄んでこない。
私たちが子供の頃には、公害による四日市喘息、富士の田子の浦のヘドロ、首都圏での大気汚染等が問題になったが、フィリピンでは今この時代を進んでいるのだろう。
アリサの顔色は悪かったがデッキで、先輩Kやシーナと話をしていた。
私がカメラを向けるとこちらにピースをして見せた。
私の心の声:これなら、大丈夫かな?
この時点で、私達の行き先がコレヒドール島であることを聞いた。
(聞いても、どんな所かは全く分からなかったが・・・・)
後で地図を見たのだが、マニラ湾を出たところにオタマジャクシの形をした島が有り、第二次世界大戦時の日米の激戦地だそうである。
コレヒドールには小一時間で到着した。
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船に有った、消火器と身体障害者対応のマーク。
しかし、何が身体障害者対応なのか分からなかった。
アリサ:船が恐い~ ´へ`;
私:大丈夫だよ。
アリサ:皆が帰ってくるまでここで待っているから~。
私:どの位船に乗るのかな、遊覧船だったら長くて1時間~1時間半位かな・・・、でも一人で大丈夫なの?
アリサ:船には乗りたくない。
私:みんな一緒だから大丈夫だよ。
アリサ:ここで待っているから良いでしょ。
シーナもアリサに二言三言、声を掛けるがアリサの硬い表情は変わらない。
他のメンバーは既に乗船場の建物に入っているがアリサは恐がって入りたがらない。
女の一人歩きが危ないマニラで、1時間半も一人で放って置くわけにはいかないので、何とかだましだまし建物の中に入れる。
首を振り続けるアリサを、私がなだめ続けていた。
(こうゆう時にはシーナってマイペースだから、アリサを説得しようとは考えない。基本的に女王さまかな?)
そうこうしているうち、この日の幹事であるK(フィリピーナ)が乗船切符とパンフレットを3人分、私の所に持ってきた。
リーダー格の先輩Kが、アリサの船を嫌がっている姿を見かねて
先輩K:大丈夫だよ!!
アリサ:沈んだら、死んじゃう。
先輩K:くだらない事、言って無いで船に乗るんだよ!!
駄々をこねていた子供が、親に一喝されて静かになる様に、アリサの声もだいぶ小さくなった。
私の手の中の3枚の切符を見ると、2つが続き番号で残りの一つはだいぶ飛んだ番号だった。
シーナとアリサに隣合う番号の切符を与え、私が飛んだ番号を貰った。
乗船の時間となり、かなり嫌がっていたアリサであったが静かに船に乗り込んだ。
私にが席に着こうとすると、後ろの方から
アリサ:ケンジがシーナの横でしょ。
私:気にするな、あなたは船が恐いんでしょ。シーナと話をしていれば少しは恐くなくなるでしょ。
アリサ:ohu-----.
(こんな態度を取るから、シーナが私の本心を確信出来ないんだよね~。)
まぁ、こんな事で船は出発しました。
私、この時点でも貰ったパンフレットを見ていなかったので、まだこの船をマニラ湾のクルーズだろうと思っていた。
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船で私の席から前を見る。
(つまらない写真で申し訳有りません。)
タクシーは脇道を通り信号機の無い交差点へ差し掛かる。
交差点はT字路でこちらが合流する側、日本では合流するには流れの途切れた部分を待たなければならないが、合流先の道は一方通行で2車線で車が走っている。(走っていると言うより”動いている”との表現がピッタリかな)
交差点では全ての車がクラクションを小刻みに、且つ連続して鳴らしている。
私たちが乗るタクシーも合流先を動く車を見ながら、クラクションを鳴らしながら無理やり車を割り込ませる。
車の鼻先が入ってしまえばこちらの勝ち。
日本では喧嘩になりそうな場面で有るが、喧嘩になるようでもない。
これを何回か繰り返してロハス通りに出たが、今日は何かのイベントで(マラソン大会と言っていたが・・・)ロハス通りの片側車線を通行止めに成っているから、大渋滞。
100mを進むのに10分以上掛かっている。
タクシーの運ちゃん、無線を使って誰かと話をしている。
分乗したタクシーの運転手同士で話をしているのか、指令所と話をしているのか分からなかったが、話が終わった直後、車を路肩側にUターンさせて走り出した。
私の心の声:えっ、これって逆走じゃ無いの?
先輩達が分乗していた他のタクシー達も一斉にUターンを掛けた。
数台のタクシーが並んでロハス通りの路肩側を逆に走る。
100m程走ると今度は、分離帯方向に左折をして分離帯の反対側に出た。
私の心の声:えっ!今日は進入禁止じゃ無いの~?
全く車が居ない車線を数台のタクシーは目的地に向かって40km程度のスピードで走る。
私達はVIPでは無く、ただの日本人観光旅行者。
確かに私たちからすれば有りがたいのだが・・・・、フィリピンって無法地帯?
そんな事で、あっと言う間に無事に目的地に着いた。
そりぁ~、早く着くわな~。
警察には追いかけられると思った。
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三日目の朝食
↑太っているわりに食事量は少ない。
↑何故?
今回のフィリピン旅行のお膳立てをして戴いたK氏(先日のBlogの先輩Kとは別人)が推薦する観光スポットへ、今回参加した内の7名でこの観光地に行くことになった。
先輩達が話をして、同伴の女の娘(こ)の分は全員で負担すれば良いからとのことで、1人から五千ペソずつを集めて日帰り旅行の始まりとなった。男性7人、女性6人の全13名のグループ。
(私の連れが2名で申し訳なかったが、いつも大目に見て戴ける先輩方のご好意に甘えさせて頂きました。)
この時点で、目的地が分かっていたのはS先輩だけじゃなかったのかな?
私達はどこに行くのか全く分からないまま五千ペソを先輩に預けて、後は金魚のうんち・・・・。
今回の会計は先輩Sの恋人で元タレントKが担当した。
どこに行くのか分からないまま、ホテルからタクシーに分乗して船着場へ。
私たちのタクシーは先輩K、シーナ、アリサと私。
アリサ:船に乗るの?
私:知らないけれど、船着場に行くのだから船に乗るんじゃないかな?
アリサ:私は船には乗りたくない。
私:何故?
アリサ:私は泳げないから、船が沈んだら死んじゃうでしょ。。
私:泳げても、船が沈んだら皆死んじゃうよ。
アリサ:恐い・・・・。
私:大丈夫だよ。
アリサ:恐いからイヤ。
アリサは船着場までつくまで『恐い、乗りたくない』と言い続けていた。
アリサは緊張のせいか顔色も良くなかった。
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100ペソ札
一通り見て歩くが、特に怪しげな食べ物は無かった。
(せっかくだから、フィリピンならではの品を食べたかった。)
宿泊客は、中国、韓国、日本の順でしょうか。欧米人もいるが数は極端に少ない。
中国、韓国の旅行客は団体だから、常に大勢で動いている。
大勢で動いているから、自国の言葉を大声で使い、五月蝿(うるさ)い。
7:00a.mで、まだマッタリとしていたい時間帯なのに・・・。
騒々しい中、私は目玉焼きと、焼きベーコン2枚、ソーセージ2本、クロワッサン2つ、コーヒー。
シーナとアリサも同じような物を持ってきていた。
天井がかなり高く、高級感を感じさせる食堂ではあるが、食べるものはビジネスホテルとたいして変わらない。
まぁ、泊まっている客は私を含め上流階級は居そうも無い。
三々五々、先輩達が起きて来て私たちのテーブルや周囲のテーブルに陣取り、私の周囲も日本語で賑やかく成って来た。
私達は1時間程かけて、ゆっくり食事を取った。
シーナとアリサは家族とか、友人達とメールをしている。
若い人たちは全世界共通なのだろう。
私は日本でも良くコーヒーを飲むが、この時も何杯もお代わりをした。
(別にお代わりをする訳では無いのだが、コーヒーカップの中がなくなるとボーイがお代わりは如何と聞いてくるから、つい『ください』と言ってしまうのだ。)
皆で朝から井戸端会議。
(俺達も大声で笑いあって、他のテーブルからは五月蝿いと思われているのかな?)
昨日は空港で荷物を間違えられたり、マッサージにボッタクラレル寸前まで行ったり付いていなかった先輩Kが、私たちを見て。
先輩K:M君は3Pか、いいな~。それに引き換え散々だったよ。
私:していません。
先輩K:こんなに可愛い子2人と同じ部屋で、それは無いでしょ。
私:彼女達はベッド、私はソファーに寝ました。
私の心の声:確かに、そう見えるでしょうね~。
しかし、この言葉は私を嫌な気分にした。
************
携帯をするアリサ
この日は8:00a.mに集合の為、早めに朝ごはんを食べようと7時には1階の食堂へ。
通路でホテルの従業員とすれ違う。
ホテル従業員:Morning sir.
私の心の声:ん? 通路には俺達しか居ないよね・・・。う~~、”Sir” か、気持ち良いな~~。。
私:Good morning .
通路で、エレベーターホールで、玄関ホールで、食堂で、フロントで・・・ホテル内はどこでも言われた。
冷静に考えれば、私たちは客だから当然の事。
でも今まで”Sir”なんて言われたことが無いし、そう呼ばれるなんて考えたことも無かったから、嬉しかった。
これ以降、私は”Morning sir.”って挨拶してもらいたくて、メイドやホテルマンとすれ違うときはこちらから”Good mornig.”と声を掛けていた。
私:Good morning.
メイド:Morning sir.
良いでしょ。
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シークレットボックス (やはり一流ホテルだ、中身が無くなるトラブルは無かった)
シーナも目が覚めて、アリサと一緒に映画を見ていた。
アリサ:前に見たmovieだけど、日本人が主人公だから音声は日本語で、字幕が英語のコメディーが有った。普通のフィリピン人は日本語が分からないから笑わないんだけれど、日本人の話す言葉は”フジツー、スズキ、トヨタ、ホンダ、テンプラ、スシ、”しか言わない。こんにちわが”フジツー”だったかな?後の言葉の意味は忘れちゃったけれど・・・。
たとえば二人の会話は
日本人A:フジツー
日本人B:フジツー
日本人A:スシ、テンプラ、カラアゲ、モチ、スズキ。
日本人B:ホンダ、トヨタ、テンプラ、スシ、スズキ。
私は日本語が分かるから、面白かったけれど、シーナも知っているでしょ。
シーナ:見たことあるよ~。^^
シーナはそれぞれの言葉の意味をかなり覚えていて、単語の意味を教えてもらった。それぞれの意味はもう忘れてしまったが、この言葉遊びはこのフィリピン旅行での私たちの合言葉のようになった。
アリサ:スシ、テンプーラ、カワサキ。。
シーナ:ホンダ、トヨタ、スズキ。
私:ヤキニク、モチ、ヤマハ。
てな具合で、事ある毎に言っていた。
***********
部屋の電話機はフジツーだった。
アルコールを多量に飲んだから、ぐっすり寝て眼が覚めた。
時計を見ると5:00 a.m 外はまだ暗い。
そのままの体制を保ち再び寝ようとするが、もう眠れない。
年寄りの朝は早く、特に夏場の私は睡眠時間が短くなる。←何故か分からない・・・、自宅では4:00a.mに眼が覚めることもちょくちょく。
結局10分もじっとしている事が出来ずに、バスルームへ。
これ以上ゆっくり出来ないと言う程時間を掛けて歯磨きをして、朝の排便を済まし、再びソファーへ戻る。
照明を点けて二人を起こしてかわいそうなので、カーテンを少し開けて、まだ暗い外をボーっと眺めていた。
5:00a.mには通る車は少なく、走る車はけっこうなスピードだった。
外はなかなか明るくならなかったが、時間の経過と共に自動車の通行量はどんどん増えていき、日が昇る前から渋滞が始まっていた。
ダイヤモンドホテルからロハス通りやマニラ湾は西側に位置している。
東の空がしらみ、向かいのビルが朝日に照らされ、それからマニラ湾やロハス通りが明るく成って行った。
驚いたことには、明るくなったロハス通りには早朝に散歩をするフィリピン人達が沢山いた。
→フィリピン人はそれ程ぐーたらでは無いよね。
→私は勘違いをしていた。
早朝の散歩を時々している私としては、マニラの清清しい?早朝の空気の中を歩いて見たかったが、一人歩きをするほど恐怖感が消えているわけでは無かった。
清掃局の人間だろうか、道路を掃除している制服姿の人間も窓から見える。
6時を少し回り、アリサが目覚めたようで、テレビをつけた。
私:おはよう。
アリサ:おはよう。
私:いつも、こんなに早く起きるの?
アリサ:子供を学校に送り出すから、この時間には起きる。
私:へ~、あなた 偉いな~、あなたが朝ごはん作るんだ。
アリサ:ううん、お母さんがご飯を作る。
私:それじゃあ、アリサは?
アリサ:ご飯を一緒に食べて、子供が学校に行ったら、又寝る。
私:はっ? ん~~。。 まあ、しようがないか。。
6時半頃にシーナが起きるまでは、二人でいつもの世間話。。
彼女とは冗談のフィーリングが合うから、お互いに冗談を言い合っていた。
*************
bath room
既にこの日は1:00a.mを回っていた。
私:あなた達はベッドに寝なさい。私はソファーに寝るから、それとロッカーのバスローブは二人で使って良いから。。
↑私はパジャマを持参している。(いつもは持参しないのだが、フィリピンのホテルに備え付けの浴衣は無いと考えたから・・)
そういい残して私は風呂に入った。
この日は、初めてのフィリピン旅行への期待と、朝4:00に先輩が迎えに来る緊張感から一睡もしていなかった。
↑子供みたい。。(でも、いつもそうなんです。。朝早い時は特に・・)
設備に付いては、湯・水、両方共吐水量に問題なくストレスは感じなかった。
やはり一流のホテルである。
ホテルの中ではフィリピンに居る感覚が無かった。
↑この次はもっとフィリピンを感じるホテルのにも泊まってみたい。
いつもは烏(からす)の行水だが、浴槽に温めの湯を張り、ゆっくり身を沈めた。
こんなにゆっくり風呂に入った事は久しぶりだ~。気持ち良い~。
30分ほどで風呂から出た、彼女らはベットでまだ話をしている。
私:シャワーを浴びるなら、どうぞ。
シーナからシャワーを浴びた。
この時はアリサとシーナとそれぞれ二人きりで話をしたと思うのだが、今振り返っても何も思い出さない。
しかし、この時にシーナに私の大好きな膝枕をしてもらっているのだが・・・。
会話は何も思い出さない。
かなり眠かったのだろう、私はアリサが風呂から出てくる前にソファーで寝ていた。
(私の掛け布団は、ベッドカバー・・・・はははっ)
***********
私が寝たソファー(寝るには狭い)
部屋に入ってくつろいでいる時に、部屋の電話が鳴った。
私:もしも~し。
電話(先輩K):帰って来た?
私:ロハス通りの野外ライブを見て、今帰って来ました。
先輩K:明日は皆で船に乗るから朝8:30にロビーに集合だよ。
私:は~い。分かりました。
先輩K:ところで、もう、寝るの?
私:今から風呂に入って寝ようかと・・・。
先輩K:遊びに来ない?
私:723?
先輩:うん、俺の部屋に居るから。
シーナとアリサを連れて先輩の部屋に。
部屋にはKとS氏の二人が居て、シーナとアリサを紹介した。
両先輩とも2年前にシーナが居た店は常連なのに、覚えていなかった。
やはり、追いかけている女性が居るから、他の娘は眼中には無いということでしょう。
今日、先輩達はマッサージに行き、船上レストランで夕食を取り、後は女性が居るお店に行ったそうです。
『マッサージは、普通のマッサージとオイルマッサージが有って、普通のマッサージをしてもらったけど気持ちが良かった。』
『オイルマッサージは客の汚い体が油でツルツルしていて、見ると気持ちが悪い。』
『40分で○○ペソは、安くて良いよ。』
『船上レストランも美味しかった。』
『最後の店には、綺麗な娘が沢山居てびくりした。』
『料金が○○ペソでチップが○○ペソ、そして連れ出すと○○ペソ』
『そっちは興味が無いから早く帰って来て、二人で話をしていた』
他愛も無い話を小1時間して、散会。
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美味しくなかったカレカレ
私たちが席に着いた時から気になっていたのだが、ステージにすぐ近くの席には目立ちたがりの子供(?)がいた。
(童顔のオジサンにも見えた。)
ステージ上のバンド演奏にオーバーアクションでリズムを取ったり、ステージ前のスペースで踊って、私たちの方を振り返って、『俺のダンスはどうだい?』って顔をしていた。
五月蠅(うるさ)い小僧だ。。
このバンドもいよいよラストにさしかかり、だんだんアップテンポな曲に変わってきていた。
演出だろうか、客席からリクエストを貰い、知っていれば歌い、気に入らなければ鼻歌で1コーラスだけ、結局1曲はタガログ語の歌をバンドの演奏でしっかり歌い、鼻歌で日本の歌を唄って・・・・リクエストは終わり。
次の演出は、客席の誰かがステージに上がって唄わせようと言う演出。だれか候補者を出てもらえるように女が言うが、誰もステージには上がらない。(これだけ観客がいたら、プロで無い限り無理だね)
ここで、ステージ前で目だっている小僧が選ばれた。(見え見えのサクラ←サクラなら演技が下手だね。)
その小僧がステージに上って唄う。
これが上手。→ほら、サクラだ。
そのうちに女のボーカルと二人で掛け合いの歌を歌う。→ほら、見え見えのサクラだ。。
曲が盛り上がると、この小僧はドラムのメンバーと入れ替わり、ドラムも叩き始めた。
ちゃんとドラムソロの部分が用意されていて、上手にこなす。→みえみえのサクラではずかしくないのかね。
このまま、エンディングを迎えみんなで挨拶。
ボーカルがこの小僧に拍手を・・・って、アクションを取る。
やなこった。
この小僧、やはり若く見えるおじさんだった。
この演出は私は嫌いだね。。
さぁ、終わり、終わり。
次のバンドが出てきたが・・・・眠くなったので
私:ホテルに帰らないか?
シーナ:いいよ。
シーナに勘定を頼み、チップは支払い金額の1割を渡してもらい会場を出た。
全部で500ペソくらいだったでしょうか。
時計を見ると11:15p.m
私の心の声:楽しかった。。
しかし、この路上ライブいつまでやるのでしょうか。←後日2時でもバンドの音が聞こえてた。
さすが、フィリピン。
***********
バゴーン 美味しかった。
ビールの飲みすぎでトイレに行きたくなった。
シーナがボーイにトイレの位置を聞いてくれた。
シーナ:ステージの裏側だって。
私:は~い。
満員の客席の間からステージ脇を通り仮設トイレの前までやってきた。
男女に分かれているが、どちらも一つづつ。
男性用は4~5人の列が出来ている。
女性用に比べれば短いのだが・・・・、早くしてくれないと、漏っちゃうう~~。。
なんとか漏らさずに用を足すことが出来た。
仮設トイレは、日本で見るものと全く同じで、いつも見ているやつだった。
何の違いも無いので、それが驚き。
中は綺麗に使われている・・・、と言いたいのだが照明が無いので殆ど見えない。
外にでるとアリサが居た。
私:えっ、おしぼりをくれるの?←joke
アリサ:チップは知ってる?
私:何のチップ?
アリサ:やっぱり知らない。
私:トイレにチップが居るの?
アリサ:あそこの人に渡して。。(コインを3枚私に手渡してくれた。)
私はチップを仮設トイレから5mほど離れたところに小さなテーブルを前に居る兄ちゃんに渡した。
アリサから貰ったコインは3枚あったが、このトイレの辺りは照明が無く手の中に有るコインがいくらなのか見ることが出来なかったのでいくら手渡したのか分からなかった。
これ以降、私が3回、シーナ達が2回トイレに行った。
トイレを利用した時に払うチップであるが、良く見ていると全員が払っては居ない。
お金持ちだけがが払うのであろうか。
私はそのつどチップを渡しが、後で考えると、公共のトイレは何回か利用したがチップを払ったのはこの時だけだった。
チップを払う習慣が無い国の人間だから、トイレのチップは面倒くさい。
大きいお金しか無い場合は、おつりをくれるのだろうか?
***********
仮設トイレの小便器
ステージに男女二人のボーカルを擁するグループが出てきた。
中肉中背の男と、デブ体形の女。
私は最初、男とオカマだと思ったほど女は声が低く、下半身がだらしない。
彼たちは純粋なミュージシャンではなく、半分はコメディアン。
5分唄ったら15分くらい話をするって感じ。
だからこの女はいちいちボケる。
私の周りのフィリピン人たちは一斉に笑い出した。
言葉が分からないが、体形、仕草や話し方だけでも私は充分に笑えた。
(↑鼻で笑う程度。)
すでに客席は満席、車道寄りの場所は立ち見客が二重三重になっていた。
ステージを見ながら、サンミゲルライトを飲む。
シーナとアリスは最初の缶ビールをまだ飲んでいる。
(一般的な貧乏なフィリピン人は、一杯のいっぱいのビールでゆっくりshowを見るのが一般的な楽しみ方聞いていた。)
私一人で、アルミ缶がテーブルの上に山になっていく。
1回小さな女の子が私たちのテーブルの上のアルミ缶を欲しそうに近づいてきたが、恐らく店のボーイに見つかったのかな?私たちの所までは来なかった。
アリサ:ねぇ、この空き缶だけど、さっきの女の子が来たらあげても良い?
私:良いよ。
アリサ:店に見つかると煩(うるさい)いから。
私:缶を潰して小さくすれば、ボーイにも見つからずに持っていけるでしょ。
この時点での空き缶9個を踏んづけ、一度に持っていけるようにしておいた。
しかし、その小さな子は二度と私たちの視界に入ることはなかった。
この日は本当に体調が良くて、何杯もビールが入った。
普通私は、生ビールの中が3杯で腹が張ってしまってビールが入らなくなるのだが、この日は酔うこともなく、いつまでもチビチビ飲んでいた。
***********
コメディアン兼シンガーの彼女
私達はビールとつまみを1品だけ注文。
いっぱい氷の入ったアイスペール(小さなブリキのバケツ)とプラスチックのコップ(日本でも売っている透明のペコペコするやつ)、サンミゲルライトの350ml缶3本とポテトフライが来た。
ボーイ:(手を出して)ワタシ、アナタノ トモダチ。。 ^^
片言の日本語を話すのはホテル群の近くで、お金を持った日本人の客が多いのだろう。
私:(握手をして)よろしく。
その後、ボーイはシーナを通じて『何でも言ってくれば、対応するから』と言っていた。
私は戸惑うこと無く、プラスチックのコップに氷とビールを入れて飲む、日本では異様に見えたスタイルだが、違和感は無かった。
体調がすこるぶる良いようで、サンミゲルライトのアルコールを感じることなく350ml缶はあっと言う間に空になった。
追加の注文をしようと、後ろを振り返ると”広い”。
私の心の声:こんなに大きかったかな?これじゃ、ボーイはなかなか来ないな。。
と、思った時には
ボーイ:トモダチさん、ナニカ?
私:サンミゲルを2本下さい。
ボーイ:ok。^^
そして、あっと言う間に追加したサンミゲルライトを持ってきた。
この後も彼は、私たちを注目しているのか私が振り返ると直ぐに来て、私の注文を聞いてくれた。
時間が経ち、私たちの周囲に空席は無くなった。
私たちの周りは、皆フィリピン人の家族連れ。
席について注文をしようとするのだが、ボーイが来ない。
大きく手を振るのだが、ボーイは来ない。
見事なほどボーイは来ない。
やっとのことで注文をとりに来ても、その後品物が来ない。
大変申し訳なく感じた。
***********
メインのグループ
レストランを出て、来た道をぶらぶら帰る。
ロハス通りの海岸沿いの広場に設営されたステージの上では、バンドが楽器のチューニングをしていた。
ステージの前にはテーブルがセットされていて、音楽を聴きながら飲食できるオープンカフェであることは直ぐに察しがついた。
アリサ:ねぇ、見に行かない?
私:良いよ。
数少ないロハス通りの信号機の有る横断歩道で反対側へ渡り、客席横の歩道を歩く。
前方のステージでは20歳前後と思われる、フィリピン人のバンドが演奏を始めていた。
少し大きな声を出してもらわないと、聞き取れない程の大音量である。
客席はまだまばらで、空席がほとんど。
おそらく、バンドは前座であろう、下手では無いが見ていて楽しくは無い。
シーナ:アリサが座りたいって。。
私:うん。それじゃあ・・・・。
と言ったとたん、先ほどしつこく私に声を掛けてきたボーイが寄ってきて、中へ案内してくれた。
彼は、ステージ近くの明るい席に向かって歩く。
私:ここで良いよ。(ステージから少し離れた3人掛けを指差して)
ボーイ:○×△&※☆・・・・(この席は暗いと言っていた)
私:ここで良いよ。(日本人の一人歩き、そんな目立ちたくない)
ボーイは、『少し待て』と手を出して、3人掛けのテーブルを隣とくっ付けて6人掛けにしてくれた。
私:ありがとう。
8時半位だったでしょうか。
マニラの夜は暖かく、Tシャツ1枚で特に汗ばむことは無く、心地良かった。
***********
私達の席からステージを臨む
レストランは通路を挟んで右と左に扉が有った。
私達は no smoking room の部屋に入った。
普通のファミリーレストラン、大きく綺麗な店で、エアコンが利いていた。
まだ早い時間の為か客はまばら、私たちは入り口に近い6人掛けのテーブルに座った。
ボーイがメニューを置いていった。
私:シーナ、おいしい料理を頼んで?
シーナとアリサは二人でメニューとにらめっこ、二人で話をしては又メニューを見直して・・・なかなか注文の料理が決まらない。
私は、ごく普通のサラリーマンだから、早飯、早グソ、当たり前。
イライラはしなかったが、決定まで待ち遠しかった。
私たちの居るテーブルは外の歩道に面していて、横に大きな窓が有った。
料理のメニューが決まらないので、その窓を通してフィリピンの人々が行き交っている風景を私はボーっと見ている。
服装や肌の色が違うが、日本と変わることの無い風景である。
時々レストランの中を見て通る人がいるが、当然私と目が合う。
相手は少しギョッとした顔になり、目を背ける。
赤い大きながらのムームーのような派手な服を着て通ったおばさんが居たが、何の人だったんでしょう。
ようやく料理が決まり、おかず4品とご飯を注文。
シニガン、ユヌス、カレカレ、と○○←あと1品忘れた。
ご飯は、フィリピンの長粒米。
シニガンは日本で食べたことがあるから、特にコメントは無い。
ユヌス(って名前だったと思う、エビチリみたいな料理だと思ったが・・)これは美味しかった。
カレカレは、シチューみたいにどろっとしているくせに味が薄い。←美味しく無かった。
アリサ:カレカレは味が薄いから、でバゴーンで味を付けて食べて。
私:バゴーンてこれ?(”オキアミの塩辛みたいな物”って言っていた)
カレカレに混ぜても、別に美味しくはならなかった。
後の一品は全く覚えていない。
ご飯、一つの皿にお子様ランチのご飯のような型に入れて作った山が三つ、その一つを自分の取り皿に取って食べる。
日本では評判の悪い長粒米だったが、私は何とも思わなかった。←フィリピンで食べたからなのか、まずいとは思わなかった。
私は、バゴーンが塩辛ならご飯と食べれば美味しいだろうとご飯に乗せて食べてみた。
私:これ、美味しい。。
アリサ:へ~、珍しい。
私:何故?
アリサ:日本人でバゴーンが好きな人は聴いたことが無い。
私:でも美味しいよ。
以上がシーナ達が注文した料理だが、二人はご飯を半分づつと料理はつまむ程度に少しづつ食べただけだった。
私はレストランで、注文した品を残すのが嫌いな性分。
だから、残りは私が全部たいらげて・・・・と言いたかったが、カレカレだけは全部食べられませんでした。(まずいから)
私:くっ、くっ、苦しい~、食い過ぎた~。
ボーイがケーキはどうだとロールケーキをテーブルに持ってくる。
日本人と判るからなのだろう。
私は手を振って要らないと言うのだが、違うロールケーキを見せる。
私:no thankyu..
私:さぁ、チェックして返ろうか。
私は、メニューを見ていないのでここでの勘定がいくらだったかか知らない。
私:チップを払わなきゃ。
シーナ:(口を尖らせて)要らない。
私:何故?
シーナ:5ペソで良いよ。
私:なにそれ、チップが10円じゃ怒るでしょ。100ペソ置いて下さい。
シーナ:多すぎる。私たちは5ペソとか10ペソだから。。
私:私は日本人でお金持ちと思われているでしょ。だから10ペソでは失礼でしょ。
シーナ:ふ~ん。
私:100ペソ。
シーナ:判りました。
食べた食器の下に100ペソ札を挟んで外に出た。
************
入ったレストラン
既に6時を廻っていた。
私:腹減った。飯を食いに行かないか?あなた達は3時頃食事したから良いけど、私は飛行機の中で食べただけだから。
シーナ:うん、良いよ。
私:1階のレストランでいいかな?
シーナ:(口を尖らせて)高いよ。。
私:確かにそうだけど・・・、他に私は知らないでしょ。あなた達はは美味しい所を知ってる?
シーナ:近くに有名な店がある。(美味しくて有名なのか、チェーン店で有名なのかは判らなかったが、24才のフィリピーナが気にいっている店であることは判った。)
私:いいよ、そこに行こう。。
私の心の声:しまった。
(まだ、このときフィリピンペソを持って居なかった。チェックイン直後にロビーで先輩の知り合いに5万円をフィリピンペソに替えて貰うように渡したのだが、マッサージ店で貰う予定が、私はずっとホテル。
私の心の声:しようが無いからフロントでチェンジしてくるか~。
フロントにて2万円をフィリピンペソに替える。渡されたのは8,000ペソ
私の心の声:高~~。。そんなに交換率が悪いのかよ~。
説明を受けると、1円=0.4ペソでの交換だそうだ。。
初めての旅行でも、交換レートは調べて来ている、その時で確か0.42・・と記憶してた。
シーナに8,000ペソを預けて、これから支払いをこれでして欲しいと渡した。
シーナ:こんな大金持てない。。
私:そんな事言われても。私はフィリピンペソ初めて見るから判らないでしょ~。それに、タガログ語も英語も分からないから、私が持ってると騙されて盗られちゃうでしょ。。
シーナは渋々受け取った。
**********
マッチ
私:シーナ、台風で壊れたあなた家の屋根の修理は終わった?。
シーナ:うん、終わったよ。
私:大変だったな~。
シーナ:恐かったよ。。
私:アリサの家はどうだったの?
アリサ:家が飛んだ。
私:へっ??
アリサ:家が飛んだ。
私:本当に?
アリサ:だから今、木の下に住んでいる。
私:おーーーい。それじゃあ、あなたは木の下に居る家族を置いてマニラに来たの?
アリサ:そうです。
私:本当かよ。。
アリサ:だって、台風の日に赤ちゃんを屋根から吊るしていたんだけれど(私は、赤ちゃんを寝かしたハンモックか籠を梁から吊るしている状況を思い浮かべた)、屋根と一緒に飛んで行っちゃたの~。
私:それは大変な~。。(ニヤッと笑って)
アリサ:(まじめな顔で)でも、本当に屋根が飛ばされそうになった時に、赤ちゃんも持ち上がったんだから。。
私:でも、家は飛んで無いんでしょ。。
アリサ:当たり前じゃん。。
私:本当かと思ったよ。 ^^
アリサ:でも、木の下に住んでいるんだよ~。
私:え~~い、訳判(わか)んない。
アリサのjokeを聞いていると、フィリピンの貧乏が頭の中で渦を巻いている私には、どこまで本当でどこからが嘘なのか判断出来なくなる。
************
昨日の写真よりもう少し時間が過ぎて
私:まだ日本に行くの?
シーナ:はい。
私:でも、ダバオのプロモーターとの契約は取りやめたのでしょ。
シーナ:今、マニラのプロモーターと契約している。
私:無理でしょ。。
シーナ:従兄弟に頼んでファミリービザの申請をしている。
私:ふ~ん。
シーナ:何?
私:日本に来るのは難しいと思う。それにファミリービザで日本に来ても働き口が無いですよ。
シーナ:・・・・。
私:別にあなたをいじめるつもりで言ってる訳じゃ無いよ。
シーナ:お店は楽しい?
私:今、どの店もアルバイトばかりだから・・・・、でも面白いですよ。
シーナ:ふ~ん。
私:あなたの居た店にはTVタレントが来たって聞いたから、ジョアン姉さんのさよなら以来、久振りに行って、ママとゆっくり話をしたよ。TVタレントに”どこのTVに良く出るの?”って聞いたら、”あまり有名じゃないTV”って言っていた。でもダンスはあなた達より上手だったよ。
シーナ:意地悪な~。。
後は他愛も無い話。
彼女達はベッドに座り、私はソファーに横になり・・・時間を気にしないでゆっくり話をした。
旅行の前には、彼女に話をしたいことが頭の中で渦を巻いていたのに、同じ部屋の空気を吸いながら、彼女の笑顔を見ての会話は、渦を巻いていた思いの全てがどうでもよくなり、他愛も無い話をゆっくり続けた。
************
マニラ湾に沈む夕日
3時半が過ぎて、そこには落ち着きの無い私が居た。
ソファーに横になってみたり、持ってきた文庫本のページをぱらぱらめくったり、外の景色を見たり、トイレに行ったり、動物園の折の中を動き回る熊の様。
----------余談----------------
私は、精神的なプレッシャーを受けると、動き回る。
あっちこっち歩き回って、その時にいろいろ考える。
時々、少し止まって煙草を一服、そして又吸い終わると又うろうろ。
机の前に座るなんてとんでもない。
いくつもの、難題を抱えて他の仕事を進められる程、私は強くない。
一つを終わりにしなければ、次のことは全て上の空になってしまう。
------------------------------
待つ身の長さ、時間は一向に進まない。
それでも私の腕時計は4:00pmを回った。
ホテルの窓は嵌め殺し窓、開ける事が出来ない為に外の喧騒はホテルの部屋までは届かない。
只々静かに、ゆっくりと時間が流れている。
私の頭の中:シーナたちはこのマニラ市内で飯を喰っている。私はホテルという鳥籠の中。
彼女達が日本で籠の鳥だったように、今、私がその立場、雲泥の差である。
自分を”彼女の生まれた国を見たかったんじゃ無いのか。”と振るい立たそうとしても、この時は恐い思いの方が強かった。
↑だらしない。。
ノックの音がした。
ドアを開けるとそこにはアリサ一人。
アリサ:シーナは来てる?
私:(恐らく狐につままれた様な顔だったのじゃないかな)来てない。アリサ部屋に入って。
私は体を反転して部屋に入ろうにしたとき、扉の横に隠れていたシーナが”じゃーん”って感じで横っ飛びで出てきた。
私:(自分の前で何が起こっているか判断が出来なくて、無表情のまま)部屋に入りなさい。
結局シーナ達が来たのが4時5分位だったんじゃないかな。
***********
ホテルから見える風景
部屋に入り、少ないながら荷物を整理して、貴重品はシークレットボックスに入れ、シーナへのお土産は鞄から出して・・・。
身の回りの整理が完了した。
私の心の声:さぁ、シーナに電話をしなっくっちゃ♪~。。
私の携帯は海外では使えないので、ホテル備え付けの電話を使ってのこととなる。
電話の使用説明書は英語と日本語の両方で記載されているために、難なく理解。
私の心の声:まずは市外局番の○(←何番か忘れた)を押して・・・、次に639・・・、あれっ、63って国番号だから要らないよな。。
すると9からかな?9からではおかしいから日本の携帯と同じように099○○・・・・っと。
少し間が有ってから、呼び出し音が鳴った。
シーナ:Hello.
私:もしもし、シーナ?
シーナ:はい、そうです。
私:ホテルにチェックインしたよ。
シーナ:もうマニラに来ているけれど、お腹が空いたから今ご飯食べてる。
私:アリサと一緒?
シーナ:そうだよ。
私:ホテルのルームNo.は8○○だから。
シーナ:分かりました。後30分位でホテルに行けると思う。
私:は~い。
それから、リーダーの所に”シーナがホテルへ来るのを待っていなければならないので、マッサージに同行できない”旨を伝た。
電話を受けた時間が午後3:00。
”フィリピン人が時間にルーズ”な事は聞いていたので、特に不安も無く待てたが、正直彼女が来るのが待ちどうしかった。
************
ロハス通りからマニラ湾を望む
Manila Diamond Hotelのエントランスで車を降り、ホテルの中に入る。
するとそこには金属探知機のゲートと持ち物の検査官。
特に何か言われる訳では無いが、日本国内でこんな経験の無い私は辟易。
いよいよチェックインであるが、空港から同行した現地添乗員がフロントとの交渉を全てしてくれる。←こりゃ~楽だ。
そのフロントと話をしていた添乗員私達の方を振り返ると
現地ガイド:ミナサン、2万円ヲ フロント デ ワタシテ クダサイ。コノ オカネ ハ ホショウキン ニ ナリマス。ゲンキン ト ヒキカエニ アズカリショウ ヲ クレマス カラ ナクサナイ ヨウ ニ チェック アウト ノ トキ、フロント ニ ダシテ クダサイ。
ソウスレバ オカネ ガ カエッテ キマス。
書類にサインをして、2万円を渡して、ルームキーを貰ってチェックイン完了。
(途中パスポートを見せろ言われて、再度うんざりしたが・・・←チェックインで何故パスポートなんだ。。←治安が悪いんでしょ→日本の免許証じゃダメかな?→ゴールドだよって。。)
---------後日フィリピーナを妻に持つ先輩に聞いた話--------------
先輩:フィリピンの一般的な庶民の場合、基本的に後払いは無い。後払いは電気料金くらいじゃないかな?
携帯電話やインターネットも殆どがプリペイドカード方式でしょ。
皆、貧乏で、後払いだと取りっ逸れ(とりっぱぐれ)になってしまうから。
---------------------------------------------------------------
部屋に入る前にコーヒーでも飲もうという話になり、1階ロビー横のカフェーへ。
久々の海外旅行、どきどきしながら英語で飲み物を注文。
何回か聞きなおされたが、一応注文したジンジャエールが手元に来た。→なんとかなるでしょ。
全員の部屋番号を確認。
今日は、皆でマッサージに行こうとの話となり、3:30にロビーに集合の約束をして各自部屋へ入りました。
************
この部屋です。
交通費及び宿泊費は所属団体からFaxが入り、幹事に全額届けたので完了。
後は、小遣い。
私の心の声:う~ん。どうしよう?
旅行のスケジュール表は、初日~4日目の午前中までの予定 は真っ白。
小遣い・・・いくら持って行こう?
旅行が近づいた日、今回の旅行は同伴しないが、東南アジアの旅行に詳しい先輩Oさんが遊びに来た。(仕事でした)
私:ねぇ、フィリピンへの小遣いは10万円で良い?
先輩O:う~ん、10万円でも良いけれど、20万位持って行った方が良いかも。。
私:え~、に、ニジュウマンエン。。
先輩:楽しむには沢山持って行った方が良いよ。
私:20万円か~~・・・頭痛い。
先輩:Mさん、20万円持っていって、10万円持って帰って来れば良いでしょ。
私:無理無理。持って行けば全部使ってしまうのが私です。
先輩:そうね。^^
その他、何人かに聞いたのですが、皆遊びには金をいとわないタイプの人たち、皆さん口を揃えたように”ニジュウマンエン”と言っていました。
***********
今日もどんぐり
今年はどんぐりが不作だそうです。
以前に投稿したように、彼女がどんな所で育ち、生活しているのかを見たかった。
断片的なものでしかないがblogやwebなどで少しづつ情報を得つつ有った。
・貧しい国
・インフラが未整備な国
・危険な国
・産業が少なく、出稼ぎが多い。出稼ぎ先は世界さまざまな国。
・セブ島に代表されるように美しい海が多くダイビングスポットが多い。
・familyの考え方。
・独立国家になったのは第二次世界大戦後の若い国であること。
・人口、島の数、民族の数
・赤道直下では無いと言うこと。
・夜の遊び。
etc・・・
しかし自分の目が見たわけでは無い。(←見ても長く生活しなければ分からないとは思うが、、)
そんな、こんなの7月だったかな?
はっきりは覚えてい。私の所属する仕事関係の団体(同じ業界人の集まりで遊ぶ会→主催者に怒られるかな?)でフィリピン旅行が計画された。
先輩S:M君も行くよな。
私:な、何です?
先輩S:フィリピン。。
私:(計画を立てているとの話は聞いていたが、唐突に言われたので驚いた)Sさんは当然行くんですよね。。
先輩S:うん。
私:一応行くつもりです。
てな具合で、私の始めてのフィリピン旅行が決まった。
************
今日もいい天気
シーナが帰ってほどなく友人からフィリピンへ行くけど一緒に行かないかとの話。
以前より友人と一緒に行こうと話をしていたことで有ったし、まだ彼女がフィリピンへ帰ったばかり・・・。
友人はいろんなことを抱え、延ばし延ばしにきた渡比を決断してのことだった。
初めてで、尚且つ1人の旅行。
私としては一緒に行きたかったのであるが、このころシーナに現(うつつ)を抜かしていたツケが回ってきていて、仕事で大きなトラブルを抱えていたので、泣く泣く辞退をしました。
友人は2月24日から2泊3日の予定、フィリピンに旅立つ3日ほど前に『伝言が有れば伝えるよ。』とmailをくれている。
シーナと仕事が気持ちの中で渦を巻いていた自分が、一杯一杯の気持ちの中で友人に下記のmailを送っている。
エリー、エンジェル、シーナ1号 2号 3号、リン、ラッキー、ジュン、アリス、チェリー1号、2号、パウラ、ビビアン、○○○のレイヤ、バネッサ1号、2号、サマンタ、ジョアン姉さん、ジュン、明子、キム1号、2号、メイ、エリカ、ジョイ、テス1号、2号、アップル、テレサ、アンジー、アイコ、ケイ、晴香、アイ(○○○)、バンビ、アンナ、カイラ、アイリーン、カティ、ジャキー、ユキ・・・”ジャパユキさん”みんなに 「楽しかった」って
↑嫌な奴・・・・です。←そうです、私は我儘オヤジ。
心が狭い男ですね~。。(ここに書かれている娘(こ)は18年間で私が指名をしたタレント達←覚えている分だけですけれど)
友人には嫌な思いをさせたと思います。
そんなことは有りましたが、不安一杯で出かけて行き、満面(98%くらいでしょうか?)の笑みで帰って来ました。
帰国後1週間位後に報告会が有り、甘~い土産のお菓子を食べながら、甘~い?話を聞きました。
その時も”フィリピンの貧乏”の話が有りました。
***********
その彼がフィリピンで撮った写真です。
フィリピンの子供達
ピース(平和)は世界共通なのですね。。←嫌いな駄洒落ですが・・・勘弁してください。
フィリピンパブが大好きな私には趣味を同じくする先輩や友人達が多い。
そんなことで昔からフィリピン旅行について聞いていた。
私が初めてフィリピン旅行を聞いたのは、18年前、私がフィリピンパブに行き始めた頃に、中学の同級生から聞いた話だった。
当時フィリピンが東南アジアに在ることは知っていた。
知っていたのはそれだけ、尤(もっと)もその後も大した知識は得てないけど・・・。
当時フィリピンに興味が有った訳ではなかったので話の内容は殆ど覚えていない。
只、一つだけ印象が強くて覚えているエピソードある。
同級生N:フィリピンに行ったらバナナを喰いたくなって『バナナを買って来い』って言って、女に5,000円を渡したんだ。
そうしたら、そいつがリヤカー一杯のバナナを持って来ちゃってさ、びっくりしたね~。
当然そんなに喰えないから、周りに居た奴らにバナナをばら撒いたね。
それだから、人だかりが出来ちゃって参ったね~。
”5,000円でバナナがリヤカー一杯買える国”
それだけが印象に残った。
***********
・・・・・・・まったく説明が出来ません。
空港から外に出るまでの間は、私達が団体だった為かブログに書かれているような金をせびる人は寄って来なかった。
ちょっとしたトラブルの為、空港の外で30分ほど待つことに。
もっと暑いかと思っていたが、それほどで無く、排気ガスの匂いを気にしなければ風が心地よかった。
私はベンチに腰掛て、辺りをきょろきょろ。
私達のすぐ横のベンチで警察官が2人でだべっている。腰には銀色に輝く拳銃。
しばらくすると白バイがやってきて私達の背後にバイクを止めて彼もこの輪に加わった。
何を話しているのか知らないが陽気な笑い声。
これが彼らのいつものスタイルなんだろう。
止めたバイクのところで先輩Oが、『おい、このバイクキーが付いているし、メットも有るからTちゃんこの辺一周して来たらと冗談を言ってる。』
私の心の声:『おいおい、止めてくれ~。バイクが格好良い位の褒め言葉でいいじゃないか~。手を出すなよ~。。』
と、見た目とは正反対の気の小さい私。
まあ、そんなこんなでトラブルも解決して、現地ガイド(空港とホテルの間だけ)の案内でホテルチャーターのワゴン車に乗りこんだ。
ガイド:私は○○○です。←名前は忘れた。今日は皆さん6名ですね、宜しくお願いします。ところでフィリピンは初めてですか?
先輩K:私は4回目。彼が3回目・・・・・←そんな遣り取りだったと思う。
車は動き出しいよいよマニラ市内へ出た。
車は多いが渋滞というほどでは無い。
車はかなり汚く、あちこち凹みや傷が有って当たり前。トヨタ、三菱、ホンダの車が圧倒的な数を占めていた。中にはベンツやBMWも走っている。なぜかハリヤーの新しい車を何台か見た。
ガイド:皆さん、窓は絶対に開けないで下さい。物売りや物乞いに掴まれたらどうしようもありませんから、これからも移動するときはタクシーを必ず使って下さい。ホテルに居るタクシーは安全ですから。それから、ドアのロックは必ずしてください・・・・。
と色々恐しくなるような注意を言っていた。
ずーっと窓の外を見続けていたが、フィリピンの貧しさが”イヤ”と言うほど目に入る。
広い道路を勝手に渡る人々。
汚く小さな家々。
大きな建物も有るが基本的に煤けたイメージ。
私達の車を満員のジプニーに追い越していく。
乗客と私の目が合う。
こちらも特に目をそらさずに見続ける。
その向こう側を窓ガラスの無いバスが猛スピードで走って行く。
充分に恐怖心が煽り立てられたところでホテルについが、この時点で街の中を歩く人々が全て怪しく見え始めていた。
ホテルのアプローチの部分で自動車下部の危険物検査を受けてやっとホテル到着となった。
***********
空港で見た白バイ
機内放送:あと15分ほどでニイノアキノ空港に到着いたします。お座席のシートベルトは緩みの無いようにしっかりお締め下さい。
飛行機の降下に伴い、blogで見たマニラの上空からの風景がだんだん見えるように成って来たが、日本の都会と特に変わりの無い風景に見える。
地上にびっしりと散りばめられた赤さび色の小片、そんな中にポツポツと大きな建物や、水面が見える。
飛行機の降下に伴い建物の詳細がだんだん見えてはっきりしてきた。
一軒一軒の家は小さくバラックの集まり。
赤さび色に見えたのは錆びたトタン屋根そのもので、当然壁も錆びたトタン。屋根や外壁には当たり前のように穴が開いている。
その中に建つ大きな建物も粗末で、やたら汚れて見えた。
この風景にまずは愕然とした。
私の心の声:これがフィリピンなんだ。。
今までwebサイトやblogでさんざん見た風景なのだが、やはり”百聞は一見にしかず”のようだ。
道を走る車なども見えたが、これらはまだ小さく私に印象を与えるほど詳細が見えていなかった。
滑走路面がすぐそこに見えタッチダウンまであとわずかと思われた時、我々の乗る飛行機は出力をあげて再度空へ舞い上がった。
先輩S:えっ、何故上がっちゃうの?
私:何か重大なトラブル?
先輩K1:着陸に失敗したな。着陸してからの距離が足りなかったんじゃないか?
私の心の声:え~~。。こんなの初めてだよ~~。。 大丈夫かよ~~。。 ´_`;;
私の横では、あの温厚な先輩K2もぶつぶつ言っていた。
機内放送:何らかの原因により着陸を遣り直します。原因はわかりしだい皆様にお知らせします。 Ladys and gentlemmen ・・・・
しばらく時間をおいて
機内放送:当機が上昇致しましたのは”管制塔の指示”に依るものでした。それでは、まもなく着陸態勢に入りますのでお座席のシートベルトを・・・・・・・・
さすがに、二度目の着陸のやり直しは無く無事にマニラに到着となった。
ほっ。。
*************
私の散歩道
コンピューターの声:69番の番号札の方、7番窓口へどうぞ。
私:海外送金をしたいのですがこちらで出来るでしょうか。
銀行員1(美しい28~29歳位の美しい女性):こちらへどうぞ。
私はめいっぱい虚勢を張り、彼女の示した窓口へ。
彼女の示す椅子に座ろうとした時だった。
銀行員1:送金はどちらへ。
私:フィリピンです。
銀行員1は顔色を変えなかった。
私の心の声:〔フィリピンへの送金だが、私の顔には文字が浮き出ていなかったかったかな。両頬に、額に、『鴨』っていう文字が〕
私は目いっぱいの虚勢を張り、平静を装い”それからどうするの”って顔をする。
銀行員1は銀行員2(30代後半の男性)に海外送金の客である旨を伝えて、担当が代わった。
銀行員2:(全て英語表記の書類をカウンターに置いて)こちらの書類に記入をお願いします。それから、どちらへの送金となりますか?
私:フィリピンです。(表情は真剣な目で相手銀行員を見つめているが、内心ドキドキ、汗タラタラ)
銀行員2:円建てですか、ドル建てですか。
私:フィリピンペソは出来ませんか?
銀行員2:そんな言葉は聞かなかったという顔をして、再度聞いて来た。
私:円建てで(とち狂っていただけ)
銀行員2:送金目的は何ですか?
私の心の声:えっ、何、目的まで聞くの? え~~。 う~~ん。
私:観光案内料です。
銀行員2:わかりました。その条件でこちらの書面への記入をお願いします。記入が終わりましたら声を掛けて下さい。
振込先銀行名、支店名、口座名、名義人、名義人住所、名義人連絡先電話番号、支店住所
振込み人名、振込み人住所、振込み人連絡先電話番号
振り込み額
送金の目的
以上が書類の内容。
支店住所と送金の目的以外の項目を除いてすべての欄が埋まった。
銀行員2を探すが見あたらなので、近くにいた女性行員(口元のほくろが素敵で優秀そうな人)に声を掛けた。
私:すいませ~ん。海外送金の書類が書き終わったんですけど。。
女性行員:(素敵な微笑みを浮かべて私のカウンターに来てくれた)
私:すいませんが支店住所と送金目的の英語が解らないのですが。
女性行員:送金目的は何ですか?
私:観光案内料です。
女性行員:少々お待ちください。
彼女はそう言うと別室に行き、しばらくして帰ってきて
女性行員:sight seeing feeですね。
私の心の声:えーー。何か足りなく無いか?
女性行員:支店住所はわかりませんか?
私:わかりません。
女性行員:記入必須事項では無いのでこれでも宜しいですが、確定条件は多い方が確実ですのでこの次に送られる時までにはお調べ下さい。
私の心の声:そんな番度(ばんたび)送っていられるか。
私:解りました。
女性行員:手数料が7,000円となります。
私:後学の為に教えていただきたいのですが、送金金額で決まるのですか。
女性行員:4,000円が当銀行の手数料で、1,500円が円建ての場合の手数料、残りの1,500円が送料となります。
私の心の声:え~~、、最初から言えよ。それだったらドル建てにしたのに~~。
女性行員:これで手続きをしますのでしばらくお待ち下さい。
本店の送金業務が込み合っていて少々時間がかかると云われ、30分ほど待たされた。
女性行員:手続きが完了しました。円建ての場合は月曜に送金手続きをします。
私の心の声:へーーっ。いい勉強になりました。
女性行員:検索条件は多い方が良いので、この次までに支店住所を調べておいて下さい。
何故、再度言うかな~~。。
**********
写真の撮り方を勉強します。
私:○○○○から送るから今のあなたの住所を教えてください。
W:それは地下銀行?(←彼女は英語で言ったが私は聞き取れなかった)
私:そう。
W:ダメです。
私:ダメって言われてもどうすれば良いの?
W:私の銀行に入れて。
私:えーーー。。 振込み?
W:後でアカウントナンバーをメールします。
電話を切って
私の心の声:〔えっ?っっで、どうすれば良いの?〕
その日の夜、お金が無くてメールが出来ないと言っていた彼女からメールが来た。
私の心の声:金は有るのかよ・・・。
彼女のメールには銀行名、口座番号、彼女の実家の住所が示されていた。
それから、インターネットで海外送金の方法を調べた。
私の心の声:〔普通の銀行から送れそうだね。〕
でも、イマイチ不安。
次の日、行きつけのスナックでその筋に詳しい高校の同級生に会ったので聞いて見ると、銀行から普通に振込みが出来るとのこと。
初めてのことだけどやらなければならない。
やれやれ
***********
散歩道の花
来なかったら惨めだろうね。。
太陽の下で会うのは8ヶ月ぶり。
自信が無い。リバウンドして体重は戻ってしまったし、禿げも進んだ。
なんだ、このオヤジって目で見られたら・・・。
会ったら、又、彼女への思いが膨らんじゃうのかな。。
もう、嫁を悲しませたくない。
自分勝手なことばかりして、フィリピンに行かせてもらう自分。。
ちょっと・・ブルー。
何を話すのかな~。
何も話す事が無くて気まずい雰囲気になったらどうしよう。
いっその事、彼女の家族にあって皆で酒でも呑んだほうが楽しいと思う。
ドンチャン騒ぎにする自身は有る。
彼女にも言ってあるが、私は”日本のパパ”。。
”お店のパパ”はお金が続かなかったから6ヶ月で終わり。
日本のパパは思う。
貧乏でも愛する人を見つけて普通に貧乏な生活をして欲しい。
日本に来ることを諦めていない彼女。。
なんだかんだ言っても、下心が見え隠れする自分が見える。
**************
散歩道のコスモス
私:小枝(チョコレート)でいい?
W:私チョコレートそんなに食べないよ。
私:でも、この間帰るときに小枝が欲しいって言ったでしょ。。
W:でも、甥と姪にあげたよ。。
私:それでは、チョコレートは要らないの?
W:★※дЙЭ■◎б■☆бЙ★ё★
私:何?
W:★※дЙЭ■◎б■☆бЙ★ё★
私:だからそれは何?
W:パフューム。。
私:何を言っているか解らないから、ゆっくり言って。
W:DO○○○ ○ ○○○○NA
私:え~~・・・。解らないからスペルをお願い。
W:D・O・L・C・E en G・A・P・P・E・R・N・A
私:”en”って何?
W:enのマークが有るでしょ。。
私の心の声:DOLCE ¥ GAPPERNAって変なの。。
W:スペルを言って。。
私:D・O・L・C・E en G・A・P・P・E・R・N・A
W:ok
私の心の声:”¥”は可笑しいよな~~。何だろう???
私:本当にこれで良いの?
W:o.kだよ。。
私の心の声:ひょっとして、"DOLCE & GAPPERNE" じゃないの??
天の声:ピン~、ポ~ン。
私は日本人だから ”エン” じゃ無くて ”エンド”なの!!
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他人の畑の茄子←悔しいけれど私のより大きい。
今日は香水(perfume)を探しにドンキホーテに行って来た。
1年ぶり位かな~?
店内に入り香水売り場を探すとブランド品置き場の近くにショーケースが有った。
頭の禿げたオヤジ一人で香水を探す。
私の心の声:"Dolce & Gappane"はどこだ~~?
う~~ん、あれじゃ無い、これじゃ無い、それでも無い。
・・・・・・無いのかな~。
たいして大きなショーケースでもないのに5分間にらめっこ。
香水なんて見たことがないから、どんな物かも知らない。
--------香水使用について-----------
昔のフィリピンパブのタレント達はコロンの匂いが強く、指名する娘(こ)が決まると私達はコロンを止めるように説得する事から始めた。私の理由は単純で”化粧品の匂いが嫌(いや)”、友人達の理由は移り香で”フィリピンパブに行ったことを嫁さんに悟られたく無い”というものだった。日本人は香水がダメな人多いですよね~。
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私の心の声:無いのかな~?
私の後方で店員の”いらっしゃいませ~”の声。
何となく気恥ずかしく店員に声を掛けることが出来ずにその場を立ち去った。
店内を一周してきて気を取り直して、店員を探すと・・・・・。
香水売り場に2人のフィリピーナが・・・・・。
(褐色の肌、ムチムチ、可愛い 明らかにタレント アルバイトでは無い)← 一時期よりタレント増えているよね。
そのフィリピーナが居なくなったことを確認して
私:"Dolce & Gappane"有ります?
店員:これが Light blue です。
在庫がかなり有るようでした。
私の心の声:この店員、女性へのプレゼントって見抜いているな・・・・・。恥ずかしい・・・・。
そんなこんなで香水を購入して帰途についた。
やれやれ、何故この香水を土産にしたかって?
電話で頼まれたから。
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ピンクのコスモス
パウラが好きだったよな~。
W:元気?
私:私は元気だけど、あなたは?
W:元気が無い。
私:何故?
W:昨日の台風で家の屋根が飛んだから。
私:そうか~・・・・。それじゃあ、今日はお父さんとお兄さん達が屋根の修理をしてる?
W:うん、従兄弟も来た。
私:インターネットで台風のニュースを見たよ。
W:凄いでしょう。
私:あれっ、今Angeles city?
W:パンパンガです。
私:帰ったのね。。
W:うん。
私:昨日は電気が止まった?
W:さっきも言ったでしょう、私は元気が無いです。
私:・・・・? 元気じゃ無いよ、電気だよ。
W:(笑い声で)うん、電気止まった。
私:大変でした。
W:ねぇ、ケンジさん前”私の声が嫌い”って言ってたでしょ、何故。
私:声が低いから。電話してるとオカマみたいよ。
W:しっ・失礼ね。。^^
自分では元気無いと言いながら、だんだん機嫌が良くなり、久振りにゆっくり話をした。
私:あなた、どうして先週電話しても出なかったの?
W:いつです?
私:先週の金曜日だよ。。
W:解らなかった。何時?
私:Philippine time で p.m5:00頃だよ。
W:私、さちょう(社長)と話をしてたから。。
私:電話は通じていたよ。。まあ、いいけれど、来週また電話するから、電話出てね。 ヨ・ロ・シ・ク
W:は~~い。。
私:バイ、バ~イ
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フヨウの花
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