2007年7月13日 (金)

日中のマニラを歩く

Photo_7 私:デパートは近いの?
シーナ:はい。
不安だったのでしょう。事前にフロントでロビンソンプレイスの場所のメモをしてきていた。←彼女の偉いところです。
私:歩き?
シーナ:近いから。
まだ陽が高いマニラ市街の人通りはそれほどではない。歩道は狭くで凸凹していて、常に足下を見ながら歩かなければつまづきそうな状況。歩道の真ん中に電柱が建っていたり、通り道をふさぐように看板が出ていたり、ゴミ置き場のゴミが歩道まで出っ張っていたり・・・。
イメージは歓楽街の早朝と同じでやたらと汚く見え、それにフィリピンの場合は誇りっぽさを感じる。
ホテルを出るとすぐに物売りが寄ってくる。
最初は無視して歩き、次はいらないと首と手を振る。そして最後はにらみ付ける。(人の良さそうな日本人だから、にらんでもそれほど怖くは無いんでしょうけれど)
何人か物売りが来たが有名ブランド物の時計、ベルト等。
値段は2,000円位(1,000ペソ)
う~ん、非常に安いが、立派な箱に入っている。
そして、売っている奴が汚い(とにかくうさんくさい)
もしそれが間違って本物としても、私は要らない物を売りつけられるのが嫌いなので、当然不機嫌になってくる。
次に来たのはストリートチルドレン。
何も言わずに手を出す。
これも同じように無視又は『no!』と小声で行ってスピードを緩めずに歩く。こちらはそれであきらめる。
4、5才から10才前後の子供達が何人かが私たちのグループに寄ってきた。
次に見たのは、半裸で横たわる女性の路上生活者。
非常に年をとって見えたが、裸の1才に満たない男の子が横に寝ていた。物乞いをしているわけではない。寝ている様である。私たちが布団に寝ているときのように普通に寝ている。
↑ショックは無い。
↑日本だってホームレスはいる。
↑ここはマニラ、日本で言えば東京・・・・いろんな階層の人たちがいるはずである。
↑シーナ達の所には物売やストリートチルドレンが近づかないので黙々と歩いていた。
笑ったのは町の中にはゴミがやたらと捨てられていて臭い場所が有るのだが、フィリピーナ達は鼻をハンカチで押さえて通っている。。
やはり、フィリピン人も臭いんだ。
あははあっ。
良いイメージでは無いが、外国に居ることを強く感じさせてくれた。

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第二次世界大戦時のアメリカ軍の兵舎だった建物

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2007年7月12日 (木)

リアルタイムのメール連絡

Photo_6 ホテルに帰って来たのは3時半ぐらい、先輩K、S氏達とロビーにて歓談。
先輩K:これからどうするの?
私:デパートへ買物に行って、その後に昨日の路上ライブをアリサが見たいからっていうから、夕食を外で食べて見に行くつもり。
先輩K:フィリピンの民族舞踊を見ながら食事が出来るところが有るでしょ。シーナは知らない?
シーナは携帯画面から少しだけ目を上げて首を振る。
私:シーナはマニラじゃ無いから知らないでしょう。フロントで聞いて見ます?

シーナとアリサは寸暇を惜しんでメールをしているが、
送って少し経つと返信が来ているようだから、リアルタイムで繋がっているのだと思う。
先輩K:せっかくフィリピンまで来たんだから今晩の食事はそこにしない?
私:別にかまいませんけれど。。
シーナ:今、ジョアンに聞いたら近くに”ザンボアンガ”が有るって。
私:メール?
シーナ:そう。

何故か凄いと感じた。←電話ならそれほど驚かなかっただろうけれど・・・。おじさんにとってメールが瞬時に帰ってくることは凄いと感じる。それも真昼間に・・・・。普通仕事をしている時間なのに・・・。まぁ、仕事は無いんでしょうけれど・・・・・。

ここまでわかったところで先輩とシーナ(だいぶ怪しいが、普通のタレントより頼りになる通訳が出来る為、旅行中の私の通訳は全て彼女だった)がフロントまで行きザンボアンガの位置を確認し、今晩の予約を入れて帰って来た。
先輩K:ショータイムは20:00からだから少し前に店に行けば良いでしょ。それまで時間が有るからデパートに行けば良いよ。
私:それじゃあ、19:30にロビー集合で良い?
先輩K:僕もデパートに行くから。
と言うことで、そのまま6人でロビンソンデパートへ行くこととなった。
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日本語の上手なおじさんガイド

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2007年7月11日 (水)

シーマン ロロコ

Dscf0023 午後は戦争博物館を見学してコレヒドール観光を終了。
朝乗って来た船に乗り込むと、先輩達は船尾のデッキに集まっていた。
最後の方に乗り込んだ私も先輩達と合流しデッキに腰を掛けた。
しばらくすると船はマニラに向かって動き出しす、私達はいつもの馬鹿にはなを咲かせていたが、先輩や女の娘達は三々五々船室に戻って行き、気が付くと視界中に7~8人程しか残っていなかった。
暑い中コレヒドール島内を歩き回った為、汗で湿ったTシャツに当たる海風が気持ち良い。
シーナとアリサと私でマッタリした時間を過していたが、やがてアリサも船室へ戻っていった。
シーナと私は肩を並べ、取るに足らない会話を続けていた。
だらだらと・・・・、取り留めの無い話だったと思う。
二人とも沈黙が恐いわけでは無かった。
(当の昔に緊張する関係では無くなっていた。)

二人並んで話をしている私達、恋人同士に見えたでしょうか。
恐らく・・・・すけべーな日本人と夜の商売の女・・・・にしか見えなかったんでしょうね。。
30分以上、二人きりだった。

私:な~、好きな人は出来た?
シーナ:居ない。
私:もう24でしょ。ぼちぼち恋人作った方が良いよ。
シーナ:まだ日本に行くから。。
私:規制が厳しすぎて、日本にはもう来れないでしょ。

こんな会話をしているときに私たちの前を真っ白い制服姿の船員が通った。
一見するに実直そうな青年で優しい目をしていた。
私:彼なんか真面目そうで良くない?
シーナ:ダメ! シーマン ロロコだから。。
彼女の『シーマン ロロコ』がその青年に聞こえたらしく、苦笑してこちらを見た。
シーナ:どうしよう・・・・ ´へ`; 聞こえちゃったみたい。
私:何なの 『シーマン ロロコ』って?
シーナ:シーマンはsea man でしょ・・・船乗り。ロロコは浮気者。だから『船乗りは浮気者』って言われているの。
私:そんなことを言うけれど、この船は観光船で他の港に依ることは無いでしょ。だから浮気をする間もないじゃん。普通のサラリーマンと同じ生活でしょ。
シーナ:フィリピンでは船乗りは浮気者なんです。
私:・・・・・・・。
シーナ:でも聞こえちゃったから嫌だな~。。
私:これがきっかけで仲良くなったりして~。。
シーナ:降りるときに又顔を合わせるから嫌だな~。
私:浮気者だから良いじゃん。 

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対岸はパンパンガ

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2007年6月28日 (木)

流しのバンド

昼食時の3人組バンドは各テーブルを回りチップを稼いでいる。
英語圏の客のテーブルでは英語の歌、中国や韓国の旅行客のテーブルではそれぞれの国の歌、当然日本人のテーブルでは日本の歌を歌っていた。
実際には、中国や韓国の歌はまだマスターしていない為1~2曲しか歌っていなかった。最近急増している中国、韓国の観光客に彼らが付いて行けてないから・・・。
日本人は沢山チップをくれるからなのか、美空ひばりの歌(←曲名を忘れた)や”恋人よ”とか”いとしのエリー”などいろいろ歌っていました。

当然私たちのテーブルにも来た。
誰だったか忘れたが私に向かって
先輩?:M君チップをまとめて払ってくれる?
私:まとめてって言っても一つのテーブルでしょ。100ペソで良いでしょ。
先輩?:人数が多いから沢山で良いよ。
しようが無いからチップで500ペソを渡した。
バンドのお兄さん達、大変嬉しそうでした。←当然でしょ。。
私の心の声:チップ多すぎ。ブツ、ブツ、ブツ。。
だから、2曲目に突入。
日本円に換算したら1,000円チョットなのにこれだけ喜んでもらえてよかったのかな?
って、こうしてだんだんチップの額が上がって行くのでしょう。。

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2007年6月27日 (水)

いいでしょ?

何故、続きを書くか?
あなたが見た映画と同じことです。
10も無いです。
まとめたいだけ。

今はそれだけです。

沢山の○○を戴きました。

我儘も言うでしょう。

ありがとう。

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2007年6月26日 (火)

嫌いな人

午前中のコレヒドール観光を終わり昼食場所へ。
お昼はバイキング、料理は可も無く不可も無い。日本と違うところは3人組の流しのバンドが各テーブルを回っていることぐらいでしょうか。
和やかに昼食も終わり、みんなで歓談中、リーダーとガイドの会話が大変盛り上がっていた。誰かが私を見て『仲のいいところを写真に撮ってやれよ~』しかし残念なことに私のデジカメは電池切れ。
私:電池切れで撮れない。
シーナ:Kがカメラ持っているでしょ。
K:私もバッテリー無いよ~。
しようがないので私の携帯で2人の仲の良い所を写す。
そんなこんなで昼食を終わり午後の部へ。。
午後しばらくして、シーナが私を突っつく。
シーナ:Kを見て、今picture撮っていた・・・。
私:だから、何?
シーナ:さっき、電池が無いって言ってたでしょ。。
私:あ~~、その話ね。
シーナ:だからKは嘘つきでしょ。。
私:電池買ったかもしれないでしょ。
シーナ:買っているところを見ていない。
私:Sさんが買って渡したんじゃないの?
シーナ:そんなことは無い。
私:あなた、本当に彼女のことが嫌いなのね。
シーナ:当たり前でしょ。
彼女たちは日本のお店で少しの間ではあるが、ルームメイトである。
シーナが先輩で、Kが後輩。
後輩のくせにお高く止まった態度が嫌だったようで・・・・。
私がKを指名していたS氏に”シーナはKが嫌いだって”と言って有るから、当然Kにも耳に入っている。
私から見れば普通に会話をしている様に見えるのだが・・・・・、
女って怖い・・・・。

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2007年6月25日 (月)

会いたい人(3)

6月24日夕方パウから電話がありました。
私:久しぶり~
パウ:帰って来たました。
私:病気治ったよ~。
パウ:治った~?私、心配したよ~。
私:ありがとう~。。ところであなたはタレントで来ているの?
パウ:ち・・う・・・・ス・・・・で・・・・・。。。
私:電波悪くて良く聞こえない。
パウ:こ・・・・で・・・わ・・・・す・・・・・け、ここ時々電波が悪くなるの。。
私:ふ~ん。あなたはスタッフ?
パウ:そう。それで・・・・・・木曜日に来てもう風引いた。
私:日本は寒いか?
パウ:・・・・い・。
私:電波悪いから切るよ。。
パウ:体気をつけてね~。
私:又、行くよ~。。

P.S:maliboyさん、パウの呼び方を戴きました。ありがとうござす。

直ぐには行けませんが、行くつもりです。
友人にメールで知らせたところ、ご愁傷様mailが帰って来ました。
今の私にとってはご愁傷さまでは有りません。

現在もPPへ行くときもノンアルコールで行っていますが、少し辛いものが有ります。
早く酒を飲めるように成りた~~い。

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2007年6月20日 (水)

会いたい人(2)

ohayou〓ashita philippine kaerimasu〓〓shigoto ganbatte ne〓amari muri shinaide ne karada ni taisetsu nishite kudasai

3月30日にメールをもらい、4月3日になってこのメールに気がついた。
彼女に初めて会ったのは一昨年の12月、初めて指名したのは忘年会の流れで静岡に行ったとき。
『店を移ったから来て。』と言われ、行ったら私を覚えていなかった。
こんなものだ。
”自分が思うほど、モテやせず”ってね。。

周囲の人間は彼女の器量について、御世辞にも褒めたことがない。私のブス専の趣味が”かわいい”と感じさせるのか。。
先週彼女のことをふと思い出した。
メールの文面からは日本へ帰って来ないように受け取られた。
そう考えたら『会いたい』と感じた。
無いものねだりか。。
『会いたい』ってPP連れに話をしたら、『居るか確認して見ろよ』とのこと。
彼女にメールを出したら、あっさり返事が来た。
電話も掛かって来て『店に来て』とのことだった。
会いたいです。
6月19日現在、まだ会ってません。
そういえば今日もローマ字のメールが来ていました。
ローマ字のメールを読むのは苦痛ですが、ローマ字のメールを打ち込むのはもっと大変で・・・・嫌い。。

私の彼女への印象
・背が低い。
・かわいい。
・幼い。
・オッパイは大きい。
・脳天気では無い。

彼女との会話は、いつも盛り上がることが無い。でも何故か彼女は私を気に入ってくれている。

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2007年6月19日 (火)

会いたい人(1)

私が静岡デビューをしたのが十数年前のことで、友人が指名する『マリー』って娘のサヨナラに付き合ったのが最初だった。
それまで静岡のフィリピンパブで遊んだことが無かったわけではなかったが、決して静岡の同じ店に定期的に顔を出すことは無く、仕事の仲間と飛び込み、その後は二度と同じ店に行くことは無い遊び方をしていた。

友人に連れられて行った店は当時15~20人弱のタレントの居る店で、ショータイムも平日限定ではあったものの、40分程度の枠で2回行われていた。田舎の店には無い洗練された雰囲気が有り、少しリッチな気持ちにしてくれた。(←されどPP)
”この店で最初に指名した娘(こ)=静岡で最初に指名した娘”となるのだが、少し高めの身長で、口の周囲の産毛が濃く、ストレートヘアーが美しく、タマゴ型の顔をして、少し色黒の大人しいテスと言う娘だった(標準的なフィリピン人でしょうか)。
当時、私は高級感の有る店ではイマイチはじけることが出来なくて、彼女との会話もぎこちなかった。アフターを誘ったときも『えっ!』って顔をされ、それでも友人とその指名の娘も行くということで一緒に来たが、指名してる客とタレントの様では無かった。
数ヶ月の間指名を続け、サヨナラパーティーにも行ったと記憶している。その後彼女はその店に帰って来なかったので、やたらに多い私の指名した娘の内の一人という事で、思い出すことは無かった。

2カ月ほど前に友人より『テス』が以前の店に居ることを聞いた。
『日本人と結婚して、子供が出来て、離婚して・・・・・』
懐かしくて、私の事を覚えていなくても構わないから『彼女に会いたい』と思った。
私も失礼な男で、彼女の顔が思い出せない。(←いつものことです。はははっ)
数名が私の前に立ち、『誰(だ~れ)だ』って言われたら・・・・、全く自信が無い。
でも、会って見たい。
久振りに会って『久ぶり~~~』とお互い手を取り合って挨拶する。
私:私のこと覚えている?(←絶対聞くと思う)
テス:はい。(←覚えていなくても儀礼で言うと思う)
私:・・・・・・・・・・・。(話題が続かなくて沈黙しそう)

恐らくこんなことだろうと思う。
でも、会って見たい。
初恋の人では無いが、静岡で初指名の人。
十数年前に戻れそうな気がして・・・・・。

実は5月の中旬にこの店に行って来たのです。
友人指名の娘(おばさん):今日は休み。電話してから来なければだめじゃん。。(流暢な日本語)

残念。。

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2007年4月28日 (土)

結婚したい(2)

P1200185 母親の不安

・親戚、近所の目
 ↑田舎町だからしようが無い。
・発展途上で貧しい国の娘だから、金に飢えている彼女の家族に自分達の財産を全て取     られてしまうのでは無いか。
 ↑フィリピン人を知らない為に起きる不安。
・外国人女性が、自分の息子の妻になることが考えられない。
 ↑後何年かで80歳に成る日本の田舎で暮らして来た母親が、受け入れる範疇に有るとは思えない。
 ↑発展途上国の有色人種は”土人”だとか”野蛮人”と聞いて育ってきた世代。
・親戚や身近な人達から、フィリピン人との結婚について悪い評判しか伝わって来ないから。
 ↑離婚率を見れば悪い評判しか伝わって来ないのは当然の事ですかね。

友人の気持ち

・彼女と結婚をしたい。
 ↑誰が何と言おうと・・・・、好きだから。
・彼女をフィリピンから向かえ、母親と3人で暮らしたい。
 ↑親に対する素直な気持ちと、長男の責任感。
・母親には自分の結婚を喜んで貰いたい。
 ↑誰もそう思うだろう。

第三者から見る問題点

・会話が感情的に成ってしまい、冷静な意見の交換が出来ない。
 ↑母親と長男だからしようが無い。→自分の場合も母親とは冷静に話をすることは難しい。
・彼女を選んで、親を捨てることが出来ない年に成ってしまっていること。
 ↑二人とも年を取りすぎている。

友人の結婚に対する私の意見

・基本的には反対。
 ↑フィリピンタレントと客との離婚率を考えるから、基本的には反対。 
・友人の人生を考えた場合は結婚して欲しい。
 ↑母親の死に水は友人が取るであろう、それでは友人の死に水は誰が取るのか?
 ↑母親の意見を聞けば、独身を通さなければならなくなる。→寂しすぎる!

今後の展開

・しばらくこう着状態が続くと思われる。
 →二人とも大人だから・・・。
 →母親と息子だから・・・・。
・どうしたら進展するのかな?
 →円満解決は無理なことは充分すぎるほど理解している。
 →しかし、一番は円満解決を望む。 

う~~ん

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